退職金制度の見直し
退職金制度の現状や多様な選択肢(ポイント制、確定給付、確定拠出、キャッシュバランスプラン)の特徴を整理し、ハイブリッド型の活用事例や導入時の留意点をわかりやすく解説。評価制度との連動や長期雇用インセンティブのバランスなど、具体的な運用のポイントも解説しています。
退職金制度をめぐる環境変化
退職金制度は企業と社員の長期的な関係を象徴する重要な報酬要素です。これまで日本では年功序列の文化に合わせて機能してきましたが、経済のグローバル化やIT技術の進展、人材の流動化が加速する中で、「勤続年数が長いほど自動的に支給額が増える」仕組みだけでは、優秀な人材を惹きつけられないケースが増えています。特に専門性の高い人材は、昇給やボーナスなどの即時的な報酬を重視しがちで、退職金をモチベーションに結びつけるのは難しくなっているのが現状です。
一方で企業側にとっては、従来型の確定給付(DB)をそのまま維持する場合、将来の運用リスクや積立不足リスクを抱え込む形となり、不透明な経営環境の中で財務負担が大きくなる懸念があります。そこで注目されるのが、企業拠出額を確定させる確定拠出(DC)や、DBとDCを組み合わせるハイブリッド型など、多様な仕組みによって財務リスクと社員の受給リスクを適度に分散する動きです。
さらに、コロナ禍を経て働くスタイルが多様化し、副業やリモートワークを活用する社員が増加したことも、退職金制度の再考を後押ししています。兼業を前提としたキャリアプランを歩む社員や、転職を視野に入れたスキルアップ志向の社員にとって、長期在籍を促すだけの仕組みでは企業への魅力を感じにくい場合もあるため、退職金制度を含む報酬全体のアップデートが求められているのです。
ポイント制で年功色を薄める
退職金制度の見直しにおいて、多くの企業がまず着目するのが「ポイント制」です。勤続年数による支給額の自動的な積み上げを抑制し、社員一人ひとりの業績や貢献度、役割等級・スキル評価などを退職金に直接反映させる仕組みが特徴です。以下では具体的な運用方法や注意点を整理します。
- 評価項目の具体化
半年や1年ごとに行う評価タイミングで、業績、役割等級など複数の要素を定量化し、ポイントを付与します。例えば「業績評価ポイント」「役割等級ポイント」「能力開発ポイント」「組織貢献ポイント」などに細分化して、どれだけの加算要素があるかを明示する方法が一般的です。
- ポイントウエイトの定期見直し
経営方針や事業戦略が変われば、社員に求められる行動や成果も変化します。それに合わせてポイントのウエイトを調整し、常に企業の方向性とリンクした制度運用を行うことが大切です。
- 成果連動と長期雇用のバランス
短期成果ばかりを重視すると、退職金本来の役割である“長期的な安心感”が損なわれるおそれがあります。そこで、一定年数の継続勤務や管理職登用などに対して追加ポイントを設定するなど、成果と勤続のバランスを意識する企業も増えています。
ポイント制を効果的に機能させるには、人事評価制度全般の透明性や納得感が不可欠です。どのような行動・成果・スキルが評価され、どれだけ退職金ポイントに反映されるのかを社員に周知するとともに、評価者へのトレーニングや定期的なフィードバックを強化することで、“名ばかりポイント制”に陥るのを防ぐことができます。
DB・DC・DBPの概要
退職金制度や企業年金制度に関しては、大きく分けて「確定給付(DB)」「確定拠出(DC)」「キャッシュバランスプラン(CBプラン)」の3つの仕組みが代表的です。それぞれの特徴を以下にまとめます。
確定給付(DB)
従来から日本企業で広く採用されてきた「確定給付(DB)」は、企業が将来の給付額を保証し、そのための原資運用を企業側が担う構造が基本です。社員は運用リスクを負わずにすむ一方、運用不足分は企業が追加拠出する必要があるため、財務負担の大きさが課題とされています。
ただし、DBといっても一律に“年功序列的”とは限りません。以下のような設計も存在します。
- ポイント制DB:企業内での評価や役割等級、スキル認定などに応じて退職金ポイントを積み上げ、給付額を算出するタイプのDB。企業が給付責任を負いつつ、評価連動型の仕組みを採用している事例もあります。
- キャッシュバランス型DB:DBでありながら、キャッシュバランスプランの考え方(名目上の個人口座・予定利率など)を部分的に取り入れ、企業と社員のリスクを調整しているケース。
つまり、DBという枠組み自体が「企業が給付を保証する」という点で共通しているものの、給付算定方法や評価の反映度合いには幅があり、純粋に勤続年数のみで決まる“従来型DB”以外の選択肢も増えています。
確定拠出(DC)
企業が拠出する金額(拠出額)があらかじめ確定し、社員自身が運用商品を選択して資産を増やす仕組みです。運用結果がそのまま将来の退職金・年金に反映されるため、社員の運用リテラシーが受給額に大きく影響します。
- 企業側の財務リスク軽減
拠出額が確定するため、運用不足分を企業が補填しなくて済みます。
- 社員が主体的に運用
投資信託や定期預金など複数の運用商品から選べるケースが多く、自己責任で成果を得られる一方、損失リスクも伴います。
- ポータビリティの高さ
転職時に他の企業型DCや個人型DC(iDeCo)へ移換可能な場合があり、自分の資産として継続運用しやすい構造です。
- 税制優遇の有無
拠出金が一定額まで所得控除の対象になるほか、運用益が非課税扱いとなるメリットがあります。ただし、拠出限度額や受給時の課税形態、他の年金制度(iDeCoなど)との併用時に生じる制限など、検討すべき要素も多いです。特に受給開始年齢や一時金・年金受給の選択肢によって税制上の扱いが変わるため、退職前に十分なシミュレーションと情報収集が重要になります。
ポイント制を効果的に機能させるには、人事評価制度全般の透明性や納得感が不可欠です。どのような行動・成果・スキルが評価され、どれだけ退職金ポイントに反映されるのかを社員に周知するとともに、評価者へのトレーニングや定期的なフィードバックを強化することで、“名ばかりポイント制”に陥るのを防ぐことができます。
キャッシュバランスプラン(CBプラン)
キャッシュバランスプランは、DBとDCの中間的な性質を持つ制度として注目されています。企業が設定した仮想口座に社員ごとの積立残高を管理し、一定の予定利率を付与することで将来の退職金・年金額を計算します。
- 運用残高の見える化
従来のDBでは社員が自分の積立状況をイメージしにくいのに対し、CBプランでは“仮想口座”の概念によって残高を把握しやすいメリットがあります。
- 企業リスクと社員リスクのバランス
企業が予定利率を保証するため、社員には最低限の安定性がありつつ、完全なDBほど企業がリスクを抱え込まない構造にできます。
- 評価制度との連動の親和性
たとえば社員の人事評価や役割等級に応じて算出したポイントを、そのまま拠出額へ加算する仕組みを導入すれば、社員の努力や成果が直接運用ベースに反映されます。これにより、社員の評価や業績が将来受給額に結びつくことが明確になり、生産性や成果をさらに高める動機づけとして機能するでしょう。また企業側にとっては、給与・賞与だけでなく退職金制度の側面からも公正な評価を行うことで、社員のモチベーションアップや人材定着率の向上につながる可能性があります。
- 中途退職者への配慮
一定条件を満たせば、積立資産を転職先の企業型DCや個人型DC(iDeCo)などへ移換できる仕組みがあるため、転職が一般的になりつつある現代にも柔軟に対応できます。例えば資格喪失後に一定期間内で所定の手続きを行うことで、自分の資産を継続して運用できる点は、転職を選択肢とする社員にとって大きな利点です。
ハイブリッド型の活用
上記の通り、DB・DC・CBプランはいずれも一長一短があります。そこで近年では、複数の制度を組み合わせて“ハイブリッド”として運用する企業が増えています。例えば以下のような形態が代表例です。
- DB+DCの併用:一定のベース給付はDBで保障し、上乗せ部分をDCで積立・運用することで企業リスクと社員リスクをバランスよく分散。
- CBプラン+DCの併用:CBプランで最低限の利率保証を確保しつつ、DCで社員が自ら運用する部分も用意する。社員は運用次第で上積みが得られる一方、企業側の財務リスクは抑えられる。
- DBP+CBの併用:従来のDB給付設計をベースにしながら、その一部または上乗せ分にキャッシュバランスプランの仕組みを適用するケース。利率保証や個人口座の見える化を取り入れることで、企業リスクと社員の納得感を両立しつつ、従来型DBほどの大きな財務負担を回避できる。
こうしたハイブリッド型は、企業の財務負担を抑えながらも、社員に最低限の安定性と適度な“自己運用”の自由度を提供できるのが特徴です。また、就業規則や人事評価制度との連動により、長期的な勤続やパフォーマンスを退職金に反映しやすい設計が可能になります。
成功のカギは「総合的な設計」と「丁寧な説明」
退職金制度は単なる“一時金”ではなく、企業と社員の長期的な信頼関係や経営方針を映し出す重要な報酬制度です。そのため、部分的な改定にとどまらず、評価制度・給与制度・福利厚生などとあわせて総合的に見直すのが理想といえます。特にポイント制やDB/CB/DCのいずれを選択するにしても、企業がどれだけリスクを負い、社員にどの程度のメリットを与えるのかを慎重に設計することが不可欠です。
さらに、社員への説明責任も大きなテーマとなります。新制度のメリットだけでなく、税制上のデメリットや運用リスクもしっかり伝えたうえで、労働組合や従業員代表との合意形成を進めることが大切です。特にベテラン社員が不利益を被る可能性がある場合には、経過措置や補完策を設けるなど、納得感を得るための配慮が求められます。
こうした丁寧なプロセスを経てこそ、退職金制度は企業文化や人事戦略に合致した“攻めの仕組み”に生まれ変わり、社員一人ひとりのキャリア自律を支えながら、組織全体の競争力強化に寄与します。今後も雇用環境や働き方は変化を続けていくと見込まれるため、定期的に制度を見直し、柔軟にアップデートする姿勢が求められるでしょう.