インターナルモビリティ―戦略
経営環境がめまぐるしく変化する中、人材の流動性はこれまで以上に高まり、多くの企業が優秀な人材の確保・定着に苦慮しています。 外部からの即戦力採用やヘッドハンティングにコストを割く企業も少なくありませんが、実は自社内にこそ、未発掘のタレントや潜在能力を秘めた社員が多数存在しているかもしれません。 それらを有効に活用するための施策として、近年注目されているのが「インターナルモビリティ」です。社内に潜む未発掘のタレントや専門知識を最適に活用することで、企業は内部から競争力を高める新たな戦略を手に入れようとしています。 本稿では、人事コンサルティングの視点から、インターナルモビリティ戦略と、人事制度との関連を中心に解説いたします。
インターナルモビリティと従来の人事異動の違いとは?
最初に、インターナルモビリティと伝統的な日本企業における人事異動の違いについて簡単に触れておきます。インターナルモビリティと人事異動は、いずれも社内での人材の配置転換を目的としていますが、その背景、目的において大きな違いがあります。
日本企業の古くからある人事異動は、主に企業全体の統制や均質な人材育成、組織内の連帯感・一体感の醸成を目的としています。定期的な異動を通じて、社員に幅広い業務経験や企業文化の浸透を促し、組織全体のバランスを取る狙いがあります。一方、インターナルモビリティは、個々の社員のキャリア志向やスキル、専門性を最大限に活かすための仕組みです。企業側は、業務ニーズの変化や市場の動向に迅速に対応するため、最適な人材を適材適所に配置することを目指します。また、社員自身も自らのキャリアを主体的にデザインし、成長機会を積極的に追求するという双方向的なアプローチが強調されます。
インターナルモビリティがもたらす経営効果
インターナルモビリティの最大の意義は、経営戦略と人材活用を有機的に結びつけることにあります。企業が新規事業や新たな市場への参入を目指す際、求められるスキルや経験にピンポイントで合致する外部人材を採用するのは、時間もコストも掛かるうえ、市場の競争激化により難易度は高まる一方です。一方、社内には既に企業文化や製品特性を理解し、実務経験を積んでいる社員が存在します。この社員たちを柔軟に配置し、現場で培った専門知識を横断的に活かせるようにすることで、新たな事業領域にスピーディかつ効果的にリソースを投入できます。
たとえば、研究開発部門の技術者を事業企画や営業に配属することで、技術とマーケティングの橋渡しが期待でき、イノベーション創出の加速につながるでしょう。人事コンサルティングの現場でも、「社内タレントのポートフォリオ管理」をいかに最適化するかが、アジリティ(俊敏性)と競争力を高める大きなポイントとなっています。
社員のキャリア形成・モチベーションと人事制度の連動
インターナルモビリティは、社員のキャリア形成やモチベーション向上に大きく寄与します。人は単に報酬だけを求めて働くわけではなく、自己成長や将来のキャリアパスが見える環境を望むものです。社内で異動のチャンスが多く、新たなスキルや挑戦が得られる企業ほど、優秀な人材を繋ぎ留める力が高いといえます。
ここで重要なのが、人事評価制度や人事考課との連動です。いくらキャリア異動の選択肢を用意していても、その異動先での成果が正当に評価されなければ、社員は積極的に手を挙げにくくなります。人事コンサルティングの観点からは、以下のような制度設計がポイントになります。
制度設計のポイント
- 異動前後の評価基準の整合性
研究職から営業職へ異動する場合、必要とされる成果指標(KPI)は大きく変わります。その際、どのような目標設定と評価プロセスを導入するのかを明文化し、社員が納得できる仕組みにしなければなりません。
- 昇給・昇格要件との紐づけ
新しい部署で成果を上げても昇級に結びつかない、あるいは評価基準が曖昧だと、キャリアローテーションがキャリアアップに本当に繋がるのか疑念が生じます。横軸(複数部門の経験)と縦軸(専門性の深掘り)をバランスよく評価する基準の設計が必要です。
- コンピテンシーフレームワークの再構築
部署間異動が活発になると、「この部署ではどのような能力が必要か」「どの職種でどのコンピテンシーが求められるのか」が流動的になります。等級制度やコンピテンシー評価を明確にすることで、社員が自分の習得すべきスキルや知識を把握しやすくなります。
知識・ノウハウの循環と組織学習へのインパクト
インターナルモビリティは、組織内における知識・ノウハウの共有と循環を促進します。長く同じ部署に留まっていると専門性は高まるものの、どうしても視野が狭くなりやすいのも事実です。異なる部門や地域での勤務経験を通じ、社員同士が持つ知識や手法が水平展開されると、業務プロセスの改善や新たな価値創造が起こりやすくなります。
たとえば、現場志向の強い部署から企画部門へ異動した社員が、自らの経験を活かして実務に即した改善策を提示できるようになるケースが典型的です。逆に企画部門出身者が現場に入ることで、実現可能性を意識した計画立案やプロジェクト推進が可能になります。こうした「視点の交差」は、組織のイノベーション力を底上げし、ひいては競争優位を生み出す土壌となります。
インターナルモビリティを成功に導く実務ポイント
- キャリアパスの可視化と情報提供
社員が自分の将来像をイメージできるように、社内求人ポータルの整備や、各ポジションで求められるスキルセットの明確化が重要です。人事制度上、一定の等級やキャリア要件を満たした社員が応募できる社内公募制度を設けると、社員自身のキャリア意識が高まり、適切な人材配置が促進されます。
- 公正で透明性の高い選抜プロセス
人気部署に希望が集中する一方で、避けられがちな部署も出てくる可能性があります。このとき、選抜基準や面接フローが不透明だと不満や不信感が高まるリスクがあります。人事部門や各部署責任者が連携し、応募から決定までをフェアに運用することで社員の納得感を得られ、制度の信頼性が高まります。
- 評価・賃金制度の整備
前述のように、異動後の成果がきちんと評価される仕組みが不可欠です。また、キャリアローテーションの実績をポジティブに評価する加点制度や、異動時のサポート手当などを設けることで、社員が安心してキャリアチェンジに挑戦しやすくなります。
- スキルギャップを埋める研修・学習支援
部署替えやジョブローテーションでは、部署ごとに異なる専門知識や実務スキルが必要となる場面が頻出します。OJT、メンター制度、オンライン学習プラットフォーム等の整備を通じて、スキルギャップを最小化することが大切です。これらの学習投資を「コスト」ではなく「企業の将来的なリターンを見据えた投資」と捉える文化づくりが求められます。
未来を切り拓く内部人材活用戦略
グローバル化や技術革新が急速に進む中で外部採用競争が激化し、労働力人口が減少に転じる日本のビジネス環境においては、自社内の人材をどれだけ柔軟かつ効果的に活用できるかが、企業の持続的成長の鍵となります。インターナルモビリティは、企業内部に眠る人材のポテンシャルを引き出し、人材育成と組織成長を同時に実現する有効な手段です。
その実現には、人事評価制度や賃金制度の見直し、キャリアパスの明確化、公正な選抜プロセス、スキルギャップを埋める学習支援など、人事制度全体を統合的にデザインすることが欠かせません。企業の経営トップや人事担当者が「人材は最重要の経営資源である」という原点を再確認し、戦略的にインターナルモビリティを推進していけば、人材流動化の荒波にも揺るがない強固な組織基盤を構築できるはずです。
私たちは人事コンサルティングを通じて、多くの企業で培ったノウハウを活かし、社内配置の最適化や制度設計、社員のキャリア形成を支援することで、お客様企業の持続的な競争優位の実現をサポートしてまいります。ぜひ本コラムをきっかけに、御社でもインターナルモビリティの可能性を追求し、よりしなやかで強い組織づくりを目指してみてはいかがでしょうか。