第21回:心理的安全性を高める

組織が変化の激しい時代を生き残り、持続的成長を実現するためには、単に優秀な人材を確保するだけでは不十分です。チームメンバーが互いにアイデアを出し合い、学び合い、ミスから学習できる風土を築くことが不可欠となります。近年、「心理的安全性(Psychological Safety)」というキーワードが注目を集めているのは、まさにこうした理由からです。心理的安全性が高い組織では、従業員が自分の考えを自由に表現しやすくなり、建設的な議論や試行錯誤が促進され、組織全体のイノベーションや成長が加速します。本コラムでは、心理的安全性がどのように組織の持続的成長に貢献するのかを、研究成果や具体的な事例を交えながら解説し、さらに心理的安全性を高めるために人事制度や人事評価制度が果たす役割についても考察します。

心理的安全性の定義と重要性

心理的安全性とは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「チームメンバーが互いに気兼ねなく発言し、自らの考えや疑問を率直に共有できる状態」を指します。エドモンドソン教授の1999年の研究によると、心理的安全性が高いチームは、メンバーが失敗やミスを積極的に共有し合い、そこから学ぶ文化を育みやすいことが示されています。これはチームが集団として学習する「チーム学習行動」を促進するうえで重要なファクターであり、変化の激しいビジネス環境下で競争力を維持・向上するために不可欠な要素です。

さらに、Google社が行った「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」でも、成功するチームの要因として真っ先に挙げられたのが「心理的安全性」でした。Googleは数百ものチームを分析し、生産性やクリエイティビティ、エンゲージメントなどの多角的な指標から最も影響の大きい要素を探った結果、心理的安全性の高さが他の要素を上回るインパクトを持つことを突き止めました。この調査結果は大きな注目を集め、多くの企業が「心理的安全性」を軸に組織改革に取り組むきっかけにもなりました。

心理的安全性がもたらす組織成長へのインパクト

  1. イノベーションの活性化

    心理的安全性の高い組織では、メンバーが自由にアイデアを出せるため、革新的な発想が生まれやすくなります。失敗を恐れずに挑戦できる環境があることで、探索的な取り組みも活発化し、試行錯誤の中から新たな製品やサービス、ビジネスモデルが誕生しやすくなります。

  2. 知識共有と学習速度の向上

    失敗や問題点を率直に共有できるようになると、組織内の知識の流通がスムーズになります。たとえば、社内のあるチームで起きた小さなミスを全社的に共有できれば、同様のミスを避けるためのノウハウが蓄積され、組織全体の学習速度が上がります。また、社内外のセミナーや勉強会で得た知識をメンバー同士で積極的に共有することで、新しい情報やスキルが組織全体に浸透しやすくなるのです。

  3. 従業員エンゲージメントの向上

    心理的安全性を感じられる環境下では、社員は自分の存在価値を認められ、主体的に組織に貢献しようとします。その結果、仕事へのモチベーションやエンゲージメントが高まり、離職率の低下にも寄与します。米国の大手調査会社ギャラップによると、高いエンゲージメントを持つ従業員が多い企業ほど、生産性や利益率が向上し、顧客満足度も高まる傾向があると報告されています。このエンゲージメントの土台となるのが心理的安全性なのです。

  4. リーダーシップの変革

    心理的安全性を高めるうえで重要なのがリーダーの姿勢です。権威的なトップダウン型のリーダーシップでは、チームメンバーが遠慮や恐怖心を抱き、組織は萎縮してしまいます。逆に、リーダーが自分の弱みを開示し、メンバーの声に真摯に耳を傾ける「サーバント・リーダーシップ」や「ホスピタリティ・リーダーシップ」を実践することで、心理的安全性が格段に高まります。その結果、組織全体が率直かつ生産的なコミュニケーションを行いやすくなり、継続的な改善と学習サイクルが生まれるのです。

心理的安全性と人事制度・評価制度

心理的安全性を醸成するうえで、多くの企業が見落としがちなのが「人事制度」や「人事評価制度」の役割です。どれほどリーダーが率直なコミュニケーションを推奨しても、制度面での評価が「ミスを犯さないこと」や「既存のやり方を守ること」に偏重していたり、挑戦した結果の失敗に対して過度に厳しいペナルティが課されたりする環境であれば、従業員は発言や行動を抑制してしまいます。逆に、制度設計が挑戦や試行錯誤を正当に評価する仕組みとなっていれば、心理的安全性を後押しする強力な基盤となるのです。

  1. 評価指標の再設計と「学習プロセス」の重視

    人事評価制度を見直す際には、成果そのものだけでなく「挑戦のプロセス」や「学習への貢献度」を評価軸として設定することが不可欠です。「学習への貢献度」とは、新たに得た知識やスキルを積極的にチームへ共有したり、失敗経験を活かして改善策を提案したりするなど、組織全体の成長を促す行動を指します。たとえば、新しいプロジェクトを立ち上げたものの期待どおりの成果が得られなかった場合でも、学んだことをどのように整理し、周囲に発信したかを評価の対象に含めれば、従業員は失敗を過度に恐れることなく挑戦し続けられるでしょう。こうした「プロセス評価」を明確に設けることで、失敗を責める風土ではなく、失敗から学びを生み出す組織文化を育みやすくなります。

  2. フィードバックとキャリア形成の連動

    評価面談では、単に「良かった」「悪かった」を伝えるだけでなく、従業員が自分のキャリアビジョンをどのように描いているか、そこに至るまでにどのようなスキルやマインドセットを身につける必要があるかを話し合うことが重要です。評価の場を「成長の場」として捉え、チームリーダーやマネージャーが従業員と共に今後の学習プランを策定することで、組織としての心理的安全性も高まりやすくなります。

  3. 公正で透明性の高い評価プロセス

    心理的安全性を高めるためには、評価が属人的にならず、公正かつ透明性の高いプロセスを整備することが肝要です。評価基準が曖昧であったり、人事評価が一部の権威者の裁量に大きく左右される環境では、従業員が萎縮し、上司の顔色をうかがうようになる可能性があります。企業文化として「誰が評価しても同じ結果になる」と信頼できる仕組みを整えることで、従業員は安心して意見交換や挑戦ができるようになります。

  4. インセンティブと報酬制度との連動

    人事評価制度だけでなく、報酬やボーナスの設計も心理的安全性に大きく関わります。たとえば、イノベーティブな取り組みを行った従業員やチームに対しては、金銭的報酬だけでなく、新たな研修やカンファレンスへの参加機会を提供するなど、長期的な学習意欲を引き出すインセンティブを用意すると効果的です。こうした取り組みは、会社が「挑戦・学習を重視する文化」を制度面でも実践しているというメッセージとなり、社員の安心感とモチベーションを高めることにつながります。

心理的安全性を高めるための日常的アプローチ

  1. 小さな成功体験や失敗からの学習を共有する

    会議やミーティングの冒頭で、最近の成功体験や失敗事例をあえて共有する「グッド&ニュー/オプス&ニュー」のようなフレームワークを導入すると、気兼ねなく発言しやすい雰囲気が醸成されます。小さな成功はチームの士気を高め、失敗体験は「ここが組織の学習機会だ」という認識を全員で持つことにつながります。

  2. フィードバック文化の醸成

    心理的安全性を維持するうえで欠かせないのが、互いに建設的なフィードバックをし合う文化です。評価や批評を行う際も、個人の人格や能力を否定するのではなく、行動やプロセスに焦点を当ててポジティブな視点とセットで伝えることが重要です。これにより、受け手は安心して意見を受け止められ、改善行動を取りやすくなります。

  3. リーダーの率直さと傾聴姿勢

    リーダー自身が自らの過ちを認め、チームメンバーの意見を真摯に尊重することが、心理的安全性を生み出す礎となります。リーダーが積極的に質問を投げかけ、メンバーの声を拾う姿勢を示すことで、誰もが自分の考えを発言してもよいと思える空気が醸成されます。

まとめ

心理的安全性は、エドモンドソン教授の研究やGoogleのプロジェクト・アリストテレスなどによって、組織の学習と成果を左右する重要な要素であることが明らかになっています。心理的安全性が高いと、組織内でオープンなコミュニケーションが行われやすくなり、新しい挑戦や知識共有が活性化し、結果として従業員のエンゲージメントも高まります。こうしたプラスのサイクルは、企業が変化の激しい市場で持続的に成長するための基盤となります。

しかし、その心理的安全性の高い組織は一朝一夕には築けません。リーダーのあり方や組織文化だけでなく、人事制度や人事評価制度の再設計も含めたトータルな施策が求められます。挑戦や学習を正当に評価し、失敗に対しても過度に否定的にならない組織風土と制度を整えることで、従業員が安心して意見を出し合い、互いの経験を共有し合う環境をつくることが可能になります。これらの取り組みを粘り強く続けていくことで、メンバーの一人ひとりが自発的に行動し、組織全体が活力に満ちた状態を実現できるのです。変革に挑むリーダーや経営者は、自ら率先して心理的安全性を醸成する姿勢を示すと同時に、人事制度・評価制度の在り方も再点検する――その先にこそ、揺るぎない組織の持続的成長が待っています。私たちの人事コンサルティングでは、心理的安全性を高める仕組み作りを支援しています。ぜひこの機会に、最初の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。