第23回:リスキリング・アップスキリング

近年、企業を取り巻く環境は激変し、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速や産業構造の変化、働き方の多様化が同時進行しています。そのような状況下で、企業が持続的に成長し、競争優位を保つためには、従業員一人ひとりのスキルの学び直し(リスキリング)やスキルの高度化(アップスキリング)が不可欠です。人事コンサルティングの視点から、リスキリング・アップスキリングをいかに推進し、どのような価値をもたらすのかを考えてみたいと思います。

リスキリングとアップスキリング

リスキリングとは、現在の職務とは異なる新たなスキルや知識を学び、役割の変化やキャリアチェンジに備えることを指します。例えば、製造現場の従業員がデータ分析の基礎を学び、将来的にAIやロボティクスの領域へ転身を図るようなケースが挙げられます。一方、アップスキリングは、現在の専門領域や職務におけるスキルをさらに深め、高度化していく取り組みを指します。例えば、営業職がオンラインマーケティングの最新手法やデータドリブンなアプローチを習得する、といったイメージです。どちらも企業や個人が変化に適応し、成長を遂げる上で重要な選択肢ですが、その推進には共通する課題が存在します。

リスキリング・アップスキリングを推進するための課題

経営戦略との整合性

まず、人事コンサルティングの視点から重要なのは「経営戦略との整合性」です。リスキリングやアップスキリングがどれほど大切と言っても、会社の方向性と合致しなければ、長期的な投資としての意義は薄れてしまいます。例えば、今後DXを推進していく方針を掲げているにもかかわらず、従業員への学習投資が限定的でデジタルスキルの育成が進まないのであれば、改革は掛け声だけで終わってしまうでしょう。人事は経営陣と連携しながら、企業がめざすビジョンや中長期計画に沿ったスキルマップを作成し、体系的にリスキリング・アップスキリングを進めることが求められます。

学習のモチベーションを高める仕組みづくり

学習のモチベーションを高める仕組みづくりが不可欠です。従業員が自発的に学びを深めるためには、人事評価制度や賃金制度などの人事制度との連動が有効です。具体的には、新たなスキルの習得状況を可視化し、それがキャリアパスや昇進・昇給にどう結びつくのかを明確に提示する必要があります。さらに、企業としてはオンライン学習プラットフォームや外部セミナーへの参加支援など、多様な学習機会を整備することが重要です。学びの選択肢を増やすことで、従業員は自分に合った学習スタイルやタイミングで取り組むことができ、学習効果も高まります。

組織全体への還元

学習の結果が組織全体に還元される仕組みも見落としてはなりません。リスキリングやアップスキリングは、個人のキャリア形成に資するだけでなく、組織に新たな知見や視点をもたらす効果があります。習得したスキルやノウハウを共有し合う「ラーニングカルチャー(学習文化)」を醸成するために、社内勉強会やコミュニティの運営などを活用することが考えられます。例えば、データ分析の習得者が初心者向けの勉強会を主催する、あるいは小グループで実務に即した研究プロジェクトを立ち上げるといった方法は、スキルの定着を助けるだけでなく、社内ネットワークの活性化にもつながります。

「時間とコスト」の確保

特に事業の現場では、日々の業務が優先されがちで、学習のための時間を確保するのが容易ではありません。また、外部講座や専門的なトレーニングを受講するとなれば、企業としてもある程度の投資が必要となります。この点で、人事部門は「学習投資をどう評価するか」「学習時間をどう確保するか」という課題を解決すべく、経営層や事業部門と協力して制度を整える必要があります。例えば、定期的に業務を離れて学習に専念できる枠組みを設けたり、学習の成果を定量・定性の両面で評価して経営にフィードバックしたりすることが考えられます。

一方で、コロナ禍を契機としてリモートワークが普及した結果、オンラインでの研修や学習プログラムが身近になりました。場所や時間の制約が軽減され、自己学習と相性の良い環境が整いつつある今こそ、従業員にとって学習しやすい仕組みを構築する好機です。これまで難しかった外部専門家との連携や、他拠点に散らばる社員同士の情報交換も、オンラインツールの活用で容易になっています。こうした学習環境を積極的に活かしていくことが、今後の企業競争力を左右するでしょう。

企業のメリット

さて、これらの取り組みによって企業が得られる具体的なメリットとしては、以下のような点が挙げられます。

  1. 組織のアジリティが向上することです。

    リスキリングやアップスキリングにより、新たな業務や職種への柔軟な配置転換が可能になるため、急激な市場変化や技術進歩に対して迅速に対応できます。

  2. イノベーション創出が促進されます。

    異なるスキルや知識を組み合わせる人材が増えれば、部署間の連携が深化し、これまでになかった着想や製品・サービスが生まれる可能性が高まります。

  3. 人材定着率や企業ブランドの向上にも大きく寄与します。

    学習支援を通じて従業員のキャリア形成を後押ししている企業は、優秀な人材を引き留めやすいだけでなく、「成長意欲が尊重される場所」として外部からの評価も高まり、採用ブランディングにも好影響をもたらします。

  4. 組織全体の生産性向上につながります。

    必要とされるスキルを的確に習得することで、業務の効率が上がり、付加価値の高い仕事に時間を割きやすくなるのです。結果的に、企業としての競争力が中長期的に強化され、予測不能な環境下でも持続的に成長していく基盤を築くことができます。

リスキリング・アップスキリングは、単に「企業が時代に取り残されないため」の対症療法的な取り組みではありません。変化をチャンスに変え、従業員個人の成長と組織全体の進化を同時に実現するための戦略的な施策です。個人が新たなスキルを獲得することで、自信やモチベーションが高まり、自律的なキャリアデザインが可能になります。その結果として、組織は多様なスキルセットを持つ人材を擁することになり、新規事業の創出やイノベーションの加速、さらには従業員エンゲージメントの向上といったプラスの効果を得ることが可能となります。

まとめ

最後に強調したいのは、リスキリングやアップスキリングの取り組みを「一過性」で終わらせないことです。単発の研修で知識を得ても、実務に活かせないまま忘れてしまっては意味がありません。学習の機会を継続的に設計し、従業員同士が学びを共有できるカルチャーを根づかせ、適切なフィードバックと評価のサイクルを回すことが重要です。そのためには、人事部門や経営層が「人材開発は企業の将来を左右する重要投資である」という認識を持ち、時間と予算を惜しまず配分し続ける必要があります。

いま、社会全体が大きく変化し、これまでの常識が通用しない時代を迎えています。そんな中で、リスキリングとアップスキリングの推進は、企業の未来を切り開く大きな鍵となるでしょう。組織と個人の双方がWIN-WINの関係を築き、持続的な成長を遂げるためにも、人事部門や経営トップが中心となって戦略的かつ継続的に取り組む姿勢が求められます。変化が激しいほど、その変化を学びの糧と捉えられる組織は大きなアドバンテージを得るはずです。リスキリング・アップスキリングの推進こそが、これからの人事領域における最重要課題であり、次代の企業競争力を左右する核心であるといっても過言ではないでしょう。

私たちの人事コンサルティングでは、リスキリング・アップスキリングの推進を支援しています。ぜひこの機会に、最初の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。