働き方の多様化を考える

近年、COVID-19パンデミックを契機としたリモートワークの普及により、多様な働き方が急速に受け入れられてきました。一方で、米国のIT大手企業の一部においては、在宅勤務からオフィスへの回帰、いわゆる“オフィス・リターン”の動きが報じられ、企業ごとの方針の違いが際立っています。 例えば、Googleが週に数日の出社を義務づける一方、Twitterではイーロン・マスク氏の買収以前はフルリモートが認められていましたが、現在は出社を求める方針に転換されるなど、企業文化や事業戦略に合わせた多様な方針がみられます。こうした状況を前に「働き方の多様化は今後どう進んでいくのか」という疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。本コラムでは、人事コンサルティングの視点を踏まえ、今後の働き方や企業が取るべき対応策を考察します。
なお、本稿では企業の従業員の働き方に焦点を当て、特に場所の自由度という視点からどのような働き方が生まれ、どのように浸透しているかを探ります。

働き方が多様化する背景と現状

まず、働き方が多様化する背景として大きいのは、テクノロジーの進化と社会の価値観の変化です。リモートワークに必要なオンライン会議システムやクラウドサービス、共同編集ツールなどは、パンデミック以前からすでに存在していました。しかし、それらの導入が本格化したのは在宅勤務が強制的に広がったコロナ禍以降です。この急速な導入を経て、多くの企業は「オフィスにいなくても業務が回る」という実感を得ました。

一方で、組織としての一体感やコミュニケーションを重視する企業の中には、オフィス回帰を戦略的に打ち出す動きも見られます。リモートワーク下では定量的な業務遂行は可能でも、チームビルディングや創造的なアイデア創出が停滞しやすいリスクがあるため、物理的な空間での対話を重視する姿勢にシフトしているのです。

場所の自由度を高める働き方の形態

本稿では、特に「どこで働くか」という視点に注目し、以下の3形態を紹介します。

  • リモートワーク:オフィスに出社せず、自宅やコワーキングスペースなどから仕事を行う形態。通勤時間の削減や柔軟なワークライフバランスが実現できる一方、コミュニケーションや情報共有の難しさが生じることもあります。
  • ワーケーション:旅先やリゾート地などで休暇を楽しみながら仕事も行う形態。オン・オフをうまく切り替えられる人には高いリフレッシュ効果が期待でき、モチベーション向上にもつながります。ただし、インフラの整備状況や業務内容によっては導入が難しい場合もあるでしょう。
  • ハイブリッドワーク:リモートワークとオフィス勤務を組み合わせる形態。必要最小限のオフィス出社をベースにしながらも、チームビルディングや情報共有を対面で行うメリットを活かせます。創造性が要求されるタスクやコミュニケーションが重要な業務ではオフィスを活用し、集中作業やライフスタイルに合わせたい日はリモートを選択する、といった使い分けが可能です。

これらのスタイルはいずれも、場所の制約が少ないことで従業員の働きやすさや生産性を高める効果が期待できます。一方で、企業としてはコミュニケーション手段の整備やセキュリティ対策が必要となるなど、新たな課題への対応も求められます。

働き方の多様化は後退しない

一部企業にオフィス回帰の動きがあるとはいえ、働き方の多様化そのものが後退するわけではありません。なぜなら、優秀な人材を採用・保持する上で「フレキシブルな働き方」はもはや必須の要件になりつつあるからです。特に、ITやクリエイティブ系の業種では、人材が自分のライフスタイルや希望する就業形態を実現できない企業には応募しない、あるいは早期に離職してしまうといったリスクが明確に存在します。さらに、人材市場がグローバル化する中で、フルリモートやハイブリッドワークを前提とする企業が増えれば増えるほど、オフィス出社を強制する企業は優秀な人材の獲得競争で不利になる可能性が高いのです。

ハイブリッドワークの可能性

こうした背景を踏まえると、今後は多様な働き方の方向性が大きく揺り戻されるというよりも、「選択肢の一つとしてオフィス勤務が再評価される」といった形で再編される可能性が高いでしょう。企業の中には、リモートワークを中心としながら週に数回のオフィス出社を組み合わせるハイブリッド型を導入するところも多く見られます。このような柔軟な制度は、業務上の集中や効率化を重視する日は自宅やカフェなどで作業し、チームミーティングやブレインストーミングなど創造性が求められるタスクはオフィスを活用する、といった使い分けを推奨するものです。結果として、従業員も「リモートでの自由度」と「オフィスでの一体感や学習機会」の両方を享受しながら働くことができるようになります。

多様な働き方推進の3つの鍵

人事コンサルティングの視点からは、企業が「多様な働き方」を進めるための鍵は、大きく以下の3点にあると考えます。

  1. 経営層の明確なビジョンと方針

    企業がどのような戦略目標を持ち、どのような組織文化を目指しているのか、そのために必要な働き方は何なのかを社内外に発信することが不可欠です。経営層が方向性をしっかり示すことで、中間管理職や現場の社員が判断や対応に迷うことなく動きやすくなります。たとえば、リモートワークを推進するのであれば、それが企業理念や成長戦略のどの部分と結びついているのかを明確に伝えることで、従業員の納得感が高まります。企業の将来像がはっきり共有されることで、多様な働き方を取り入れる際に生じやすい懸念や混乱を最小限に抑え、効果的に社員のモチベーションを引き出すことが期待できるでしょう。

  2. マネジメントスキルのアップデート

    リモートあるいはハイブリッド下でのチームマネジメントでは、従来以上に成果ベースの管理が求められ、同時にコミュニケーションの質と頻度が重要になります。管理職には、メンバーの進捗を把握するだけでなく、適切なサポートや評価をリアルタイムで行うスキルが求められます。

  3. 人事制度の柔軟な設計と運用

    勤怠管理の仕組みや人事評価制度、賃金体系などは、オフィス中心とは異なる形で設計し直す必要があります。また、社員が遠隔地からでも安心して働けるように、福利厚生やITインフラのサポート体制を整備することが大切です。さらに、直接働き方が見えにくいリモート環境下では、仕事の成果や行動指標を明確化し、評価制度を成果ベースで運用することが重要になります。これにより、担当業務の可視化やフェアな評価が可能になり、モチベーションやパフォーマンスの向上にもつながるでしょう。

さらに、従業員が自社にどのようなエンゲージメントを持っているかも大きなポイントです。リモートワークが増えると、会社の仲間との物理的な接触や偶然の出会いの機会は減少しがちです。結果的に「会社に所属している感覚」が薄れやすいと指摘されることもあります。この問題に対しては、社員が定期的に集まる機会の提供や、オンラインでも気軽にコミュニケーションを取れる場の設計(バーチャルオフィスツール、デジタルな雑談チャンネルなど)が有効となるでしょう。また、社員の自己実現や学習・成長を支援する制度を充実させることで、会社への愛着を高める取り組みも欠かせません。

まとめ

今後も技術革新や社会変化は続き、人々のライフスタイルや価値観も多様化していきます。リモートワーク、ハイブリッドワーク、ワーケーションなど、場所の自由度が高い働き方はすでに社会に根付き始めています。その中で人事コンサルティングの視点では「一律にオフィスへ回帰するか、完全リモートを継続するか」という二項対立ではなく、「従業員の多様な価値観と企業の競争力をいかに両立させるか」という観点が、今後さらに重要になると考えています。オフィスに集まる利点を最大限活かしつつ、従業員の多様なニーズに対応できる柔軟性を持つ企業こそが、今後の人材獲得競争を勝ち抜き、持続的な成長を遂げられるはずです。

たとえば、オフィスとリモートを組み合わせたチームビルディングの取り組みとして、定期的にオンラインと対面の両方で交流会やワークショップを開催し、部署横断的なプロジェクトを設定して共同作業の機会を増やしている企業があります。また、リモート下であっても社員一人ひとりの成果を可視化し、KPI(重要業績評価指標)の達成度をベースに評価する仕組みを導入することで、公平性とモチベーションを高めることに成功している例も少なくありません。こうした実践によって、社員同士の連帯感を損なわずに個々の成長とパフォーマンスを両立させる企業も増えています。こうした事例を参考に、自社の環境や文化に合わせて施策を設計することで、人材獲得力と組織力をより一層高めることができるでしょう。