第22回:価値観経営のススメ
企業が長期的に成長し続けるためには、売上や利益といった数値目標の達成にとどまらず、社員一人ひとりの幸せや働きがいをいかに生み出すかが鍵となります。近年の人事コンサルティングの現場では、「会社の価値観」と「社員個人の価値観」をいかに合致させるかが大きなテーマとなっています。実際に、価値観が合致した組織ほど社員のモチベーションが高く、生産性や定着率も向上する傾向があることは、多くの研究や調査から示唆されています。ここでは、アメリカのオンライン小売企業であるザッポス(Zappos)の事例と、航空業界で“社員第一主義”を徹底するサウスウエスト航空(Southwest Airlines)の事例を取り上げながら、社員の幸せと会社の持続的成長を両立させるための方策について考察してみたいと思います。
ザッポス社の事例:企業価値観を軸とした組織文化
ザッポスは、創業当時は靴のオンライン販売企業として始まりましたが、創業者のトニー・シェイ(Tony Hsieh)氏のリーダーシップのもと、「顧客への感動的なサービスを通じて幸せを届ける(Delivering Happiness)」という理念を貫き続けてきました。同社には有名な「10のコアバリュー(Core Values)」が存在し、社員はこれらの価値観を共有するだけでなく、日々の業務で体現することが求められます。たとえば「顧客にWOWを届ける(Deliver WOW Through Service)」「変化を受け入れ、変化を起こす(Embrace and Drive Change)」「ポジティブなチームとファミリー精神を築く(Build a Positive Team and Family Spirit)」などが代表的なものです。
これらは単なるスローガンではなく、採用や人事評価制度、福利厚生、コミュニケーションなど組織運営のあらゆる部分に落とし込まれているのが特徴です。大企業となった現在でも「自社の価値観に合う人材」を徹底的に選抜・育成する文化を守り続けており、入社後に企業文化との相性が合わないと感じた社員には、一定額を支給して退職を促す制度まで設けています。一見すると過激にも思えますが、「自分の価値観に合う環境でこそ、社員は自身の幸せとパフォーマンスを最大化できる」と考えれば、長期的には会社と社員双方にメリットがあるアプローチと言えます。
実際、このような“価値観重視”の企業文化が生み出す高いエンゲージメントは、カスタマーサービスの質に直結し、結果としてブランド力の向上や売上拡大に貢献しています。ザッポスの顧客満足度の高さは衆目の一致するところであり、米国の消費者から厚い支持を得続けている背景には、こうした「企業の価値観」と「社員個人の幸せ」の融合があるのです。
サウスウエスト航空の事例:社員第一主義がもたらす好循環
ザッポスと同様、アメリカの航空会社サウスウエスト航空も「企業文化が成功のカギ」と言われる代表的な事例の一つです。同社は競争の激しい航空業界にあって、長年にわたり黒字経営を維持し、顧客満足度の高いサービスを提供し続けています。その原動力になっているのが、“社員第一主義(Employee First)”という明確な価値観です。
創業者のハーブ・ケレハーは「社員が楽しんで働ければ、自ずと顧客も大切にされる」と考え、採用面接ではスキルだけでなく「人柄」や「チームとのフィット感」を重視。入社後も「フレンドリーでユーモアを大切にするコミュニケーション」を推奨し、客室乗務員がジョークを交えてアナウンスするなど、従来の常識を覆すサービススタイルを確立しました。このユーモアを大切にする企業文化は、単に“面白い接客”を目指すだけでなく、「楽しく働くことで得られる社員のモチベーションアップが顧客満足度向上につながり、それが企業利益の拡大にも寄与する」という、まさに好循環を狙ったものです。
離職率の低さや従業員満足度の高さは業界トップクラスで、社員が会社を好きになり、誇りを持って働くことを後押しする制度や風土が徹底されています。ザッポスと同様、サウスウエスト航空は、「企業と社員の価値観がいかに合致しているか」が、最終的に顧客や業績にも好影響を及ぼすことを証明する成功例と言えます。
研究成果・調査結果が示す価値観の合致の重要性
ザッポスやサウスウエスト航空といった著名企業の成功事例を見ても分かるように、企業の価値観と社員の価値観が高いレベルで一致している組織ほど、社員のエンゲージメントが向上し、定着率や生産性も高まる傾向があります。ギャラップ社(Gallup)の調査でも、従業員が「会社の使命や価値観と自分の仕事がどのように結びつくか」を理解しているほど、エンゲージメントスコアが高くなるとされています。
一方で、企業が心理的安全性(Psychological Safety)や自己決定感(Autonomy)の高い職場環境を整え、社員が安心して自分の価値観や意見を表明できるようにすれば、社員のモチベーションは一層高まりやすくなります。特に、会社のコアバリューと社員個人の価値観が深く一致していれば、ミスや意見の相違も“組織としての学び”につなげる姿勢が育まれ、チームの創造性や連帯感が増幅されるでしょう。こうした企業文化こそがイノベーションや継続的な成長を支える土台となるため、「価値観合致」を意識した職場づくりは、企業の長期的な成功において極めて重要だと言えます。
社員の幸せと企業成長を両立させる方策
- 採用プロセスでの価値観のすり合わせ
採用段階で「会社の価値観」や「ビジョン」をしっかり伝えるだけでなく、求職者がどのような価値観やキャリアビジョンを持っているかを丁寧に確認することが大切です。ザッポスのように試用期間内で相性の不一致を見極める仕組みを取り入れたり、サウスウエスト航空のように「人柄」を特に重視するなど、企業文化を守る採用基準を明確にする必要があります。
- 研修・教育プログラムへの価値観の組み込み
新人研修やリーダー育成などのプログラムにおいて、企業理念や使命、コアバリューがどのように行動につながるのかを繰り返し伝えます。たとえば、サウスウエスト航空で重視されるユーモア精神や、ザッポスでの「WOWを届ける」マインドを具現化した具体事例を紹介すると社員が理解しやすくなります。
- 人事評価・報酬制度での価値観の可視化
売上や利益などの数値目標だけでなく、社員同士の協力や顧客へのホスピタリティ、企業価値観の実践度などを評価基準に組み込むことで、「何をしたら称賛されるのか」「組織として理想的な行動は何か」が明確になります。その結果、価値観を体現する行動が社内で自然に広まりやすくなります。
- 上下左右のコミュニケーションの活性化
経営層と現場、部門間の連携など、組織全体でのコミュニケーションの質を高めることは、価値観の浸透において欠かせません。タウンホールミーティングやランチセッション、1on1ミーティングなどを通じて、社員が自分の考えや意見を安心して共有できる風土を作り上げましょう。
価値観を通じて共に成長する組織へ
企業の価値観と社員の価値観を結びつける取り組みは、組織の“永続的な課題”とも言えます。ザッポスやサウスウエスト航空のように明確な企業文化を掲げ、それを採用・教育・人事評価といったあらゆる仕組みに織り込む企業ほど、高い社員エンゲージメントを得やすく、その結果、顧客満足度やブランド価値の向上が実現し、ひいては業績にも大きな好影響をもたらしています。
一方で、価値観の共有を一方的に強制するのではなく、社員一人ひとりの人生観やキャリアビジョンとどのように重なるかを丁寧にコミュニケーションすることが大切です。「ここで働きたい」「この人たちと目標を実現したい」と社員が心から思えるようになれば、仕事を“自分ごと”として捉え、自ら工夫や成長を重ねるようになります。その積み重ねが組織全体の学習力やイノベーションにつながり、持続的な成長を支える原動力となります。
価値観経営によって「社員の幸せ」と「企業の持続的成長」を同時に追求するには、企業文化を明確化し、一貫性のある施策を長期的な視野で進めていくことが大切です。ザッポスやサウスウエスト航空の成功事例が示すように、社員と企業の価値観が融合することで、業績向上にとどまらず、社員が充実感と誇りを持って働ける組織文化が形成されます。
私たちの人事コンサルティングでは、価値観経営の仕組みづくりを支援しています。ぜひこの機会に、最初の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。