第20回:強みを伸ばし、尖りを活かす

人材の潜在力を引き出す新時代の勝利の方程式

企業が持続的に成長・発展していくためには、人材の活躍が欠かせません。特に、従業員一人ひとりが持つ強みを見極め、それを最大限に伸ばすことは、これからの組織運営において大きなカギを握ると考えられています。近年、ギャラップ社のストレングスファインダーをはじめとする「強み」にフォーカスした人材育成の有効性が、様々な研究データからも裏付けられてきました。本コラムでは、強みに基づく育成がもたらすメリットや、組織へのポジティブな影響、そして“尖った社員”を活かすためのヒントについて、海外の研究・調査結果を交えながら考えてみましょう。

強みを活かす育成の効果

まず、ギャラップ社の調査に目を向けてみます。彼らがストレングスファインダーを通じて長年にわたり収集してきた大規模データによれば、人材の強みを活かした育成を行う企業は、生産性が平均で19%向上し、従業員エンゲージメントが大幅に高まるだけでなく、離職率が72%低下するという顕著な成果が得られると報告されています。

これは、Marcus BuckinghamとDonald O. Cliftonが2001年に出版した『Now, Discover Your Strengths』(日本語版:『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』)などで支持されており、強みを理解し活かせる環境に身を置く従業員は、パフォーマンスだけでなくモチベーションや組織への愛着心も飛躍的に高まることが示唆されています。

ポジティブ心理学の視点

こうしたポジティブな流れを後押しするのが、ペンシルバニア大学のマーティン・セリグマン教授によるポジティブ心理学の研究です。セリグマン教授は1998年頃から「人間は誰もが強みを持っており、それを意識的に活かすことで幸福感や自己効力感が高まる」と提唱してきました。実際に、幸福感が向上すると仕事への姿勢が前向きになり、チームや組織への貢献意欲も高まります。

このように、個々の内面的成長が組織全体にも好影響を及ぼし、従業員同士が前向きな言葉をかけ合うことで、ストレスが軽減されるなどの好循環が生まれるのです。

強みを活かすリーダーシップと組織文化

さらに、2004年にCorporate Leadership Council(CLC)が発表した「Driving Performance and Retention Through Employee Engagement」というレポートでも、従業員の強みを尊重するアプローチが離職率の低減や生産性向上に寄与することが明確に示されています。これに加えて、Rath, T. & Conchie, B.の著書『Strengths Based Leadership』(2008年)でも「強みベースのリーダーシップ」を実践する企業では、リーダーと部下の間に信頼関係が築かれやすく、エンゲージメントが格段に高まると報告されています。まさに「強みに注目する企業文化」が大きな推進力となり、組織を活性化するのです。

また、ミシガン大学のCenter for Positive Organizationsが中心となって編纂したCameron, K. S., & Spreitzer, G. M. (2012) の『The Oxford Handbook of Positive Organizational Scholarship』では、ポジティブな組織文化を構築し、従業員の強みを引き出す取り組みが、生産性や業績向上に大きく貢献すると多角的な視点から検証されています。具体的には、強みを基盤とした組織では従業員同士の協力が深まり、より創造的かつ効率的な問題解決が行われるようになるため、結果として企業全体の競争力が高まるのです。

尖った人材の重要性とその影響

ここで注目したいのが、社内に存在する「尖った社員」の存在です。従来、突出した個性やスキルを持つ社員は「扱いづらい」と捉えられがちでしたが、実はこうした人材こそが企業にとって革新の原動力となり得るのです。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のフランチェスカ・ジーノ氏は、著書『Rebel Talent』で「反骨精神を持つ、“型破り”な人材こそが新しい価値を創造する」と提唱しています。一方、ウォートン校のアダム・グラント氏が『Originals』で示したように、既存の枠組みを疑い、リスクを恐れず挑戦する人材が組織に与える影響は計り知れません。こうした“尖った”人材を抱える企業は、伝統的なビジネスモデルを超える新規事業やサービスを生み出す可能性を高く秘めています。

Bersin by Deloitteのリサーチでも、尖った人材の強みを正しく評価し、彼らが自由に能力を発揮できるプロジェクトや役割を与えた企業では、新規事業の創出や既存サービスの飛躍的な向上が実現した事例が多数報告されています。尖った人材の強みを正しく評価し、彼らが自由に能力を発揮できるプロジェクトや役割を与えた企業では、新規事業の創出や既存サービスの飛躍的な向上が実現した事例が多数報告されています。画一的なマネジメントにとらわれず、個々の強みや特性に応じて柔軟な働き方を許容することが、新たなアイデアやイノベーションを生み出す近道となるのです。

強みを伸ばし、尖りを活かすステップ

実際に「強みにフォーカスした育成」を導入するためには、まず従業員が自分自身の強みを正しく認識するためのアセスメントを活用するのが有効です。ギャラップ社のストレングスファインダーやコーチングセッションを組み合わせることで、自分の得意分野やモチベーションを客観的に把握することができます。

次に、上司や人事部門がその結果をもとに、具体的なキャリアパスや学習機会を提示するステップが重要です。強みを活かすプロジェクトへの配属や研修プログラムを設計し、日々のフィードバックを繰り返すことで、従業員の才能をより効果的に伸ばすことができます。

その際、企業全体の人事評価制度や目標設定の見直しも欠かせません。CIPD(Chartered Institute of Personnel and Development)が提唱する「Strengths-based HR and Recruitment」のガイドラインでも、強みを重視する企業文化を根付かせるには、上司と部下のコミュニケーションを活性化し、ポジティブなフィードバックをお互いに送り合う風土を醸成する必要があると指摘されています。Aon Hewitt(現Aon)の「Global Employee Engagement Trends」でも、強みを活かせる環境を望む傾向は若い世代ほど強く、エンゲージメントを高める大きな要素となっていることが示されています。

まとめ

こうしたアプローチを一朝一夕で浸透させるのは難しいかもしれませんが、強みを伸ばし、尖りを活かす組織文化が根付くと、従業員同士が自然と助け合い、前向きにチャレンジする風土が醸成されます。これは離職率の低減につながるだけでなく、企業のイメージアップや優秀人材の獲得にも好影響をもたらします。尖った社員も含め、あらゆる人材の長所を伸ばせる環境が整えば、新たな付加価値創造に向けたイノベーションを引き起こす可能性が飛躍的に高まるでしょう。

私たちの人事コンサルティングでは、人材の強みを伸ばし、“尖った社員”をうまく活かすための仕組みづくりをトータルに支援しています。人事評価制度の構築やリーダー育成、研修プログラム・1on1コーチングの設計など、貴社の現状を丁寧にヒアリングしたうえで、最適なソリューションをご提案いたします。

今や企業の勝利の方程式は、人材の潜在力をいかに引き出し、最大化するかにかかっているといっても過言ではありません。ぜひこの機会に、自社の人材戦略を見直し、強みを活かす組織づくりに向けて、最初の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。