人材獲得の新潮流

企業の成長や競争力の源泉となるのは、今も昔も「人材」であることに変わりはありません。しかし、近年の労働市場では、人材の価値観やキャリア志向の多様化、少子高齢化による人口減少、技術革新による新たな職種の台頭など、これまで以上に複雑な要因が絡み合い、企業にとって「優秀な人材をいかに確保するか」が重要な経営課題となっています。こうした状況下で求められるのが、従来型の手法に捉われない新たなアプローチです。本稿では、人事コンサルティングの視点から、企業が持続的に成長を遂げるための「人材獲得の新潮流」について考察します。

労働市場の変化とその背景

まずは、企業が置かれている採用環境を整理しましょう。日本を含む先進国では少子高齢化が進み、若年層の労働人口は減少傾向にあります。一方で、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速やグローバル競争の激化により、新しい職種が次々と登場し、求められるスキルは高度化かつ多様化しています。さらに、求人チャネルもSNSやオンラインイベント、リファラルなど、多岐にわたる選択肢が存在するため、企業としてはどのような採用戦略をとるべきか迷う局面が増えています。

働く個人の側を見ても、ライフスタイルやキャリア観が大きく変容しました。かつては「終身雇用」「年功序列」が当たり前とされていましたが、若手人材を中心に「自らの市場価値を高めること」を重視する人が増えています。その結果、転職市場の活性化だけでなく、副業やパラレルキャリアといった働き方への関心も高まり、「一社に安定して勤め上げる」以外の道が一般的になりつつあります。

こうした状況を踏まえると、「人材獲得の新潮流」は従来のパッシブな採用から「企業が能動的にアプローチし、候補者との良質な関係を長期的に築く」ことへとシフトしていると言えます。次章からは具体的に、人事コンサルティングの視点から見たトレンドや施策をご紹介していきましょう。

採用ブランディングとインバウンドリクルーティング

近年注目を集めるのが、「採用ブランディング(リクルートブランディング)」の考え方です。これは、企業が自社の価値観やビジョン、働く魅力を継続的に発信し、潜在的な候補者との接点を増やす手法を指します。従来は求人広告を出して応募を待つ「待ちの採用」が一般的でしたが、それだけでは優秀な人材にリーチしづらいケースが増えています。そこでSNSやオウンドメディア、社員の個人ブログ、YouTubeチャンネルなどを活用して企業の魅力を積極的に発信し、“ファン”を育てる取り組みが求められているのです。

  1. パーパスやMVVと働き方の接点

    パーパス(企業の存在意義)やMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)と、日常業務がどのように結びついているのかを明確にすることも、採用ブランディングの重要な一要素です。経営理念がどのように行動指針へ落とし込まれ、実際の業務や働き方に反映されているのかを示すことで、企業文化への共感を得やすくなります。また、社員一人ひとりが企業の存在意義を理解できるようになるため、仕事のやりがいや意欲向上にもつながるでしょう。

  2. 会社の価値観を反映した人事制度

    企業の価値観を人事制度や評価制度に落とし込むことで、社内カルチャーを深化させながら社員の成長を促す独自の仕組みを築くことができます。たとえば、重視する行動指針を評価指標に組み込み、成果だけでなく挑戦意欲や協調性などをバランスよく評価すれば、企業のビジョンや価値観が日常業務に根づきやすくなります。こうした取り組みは企業ブランディングにも直結し、“自分もこの環境で成長できる”という具体的なイメージを候補者に与える点が大きなメリットといえます。

このように、企業の存在意義や価値観を軸にして自社の魅力を発信し、候補者からの興味を高めていく手法を「インバウンドリクルーティング」と呼ぶことがあります。採用担当者や広報部門が密に連携し、社内イベントや社員インタビューなどのコンテンツを計画的に発信することで、企業に対するポジティブなイメージが醸成されやすくなるのです。ファン化した候補者は、採用面接時の動機形成も強固になり、ミスマッチを減らす効果が期待できます。

データドリブンな採用戦略

テクノロジーの進歩がもたらした大きな変化の一つが、「データドリブンリクルーティング」の可能性です。Applicant Tracking System(ATS)やビッグデータ分析ツール、AIを活用することで、採用活動の成果を定量的に測定・解析し、改善のサイクルを回すことができるようになりました。たとえば、以下のような指標を追う数値指標をわかりやすく整理することで、採用活動のボトルネックが明確になります。

  • 各求人チャネルからの応募率、内定率

    (例)特定の転職サイトやSNSからどれだけ応募があり、そのうちどれほどが内定に至ったかを計算

  • 面接官ごとの評価偏差

    (例)複数の面接官が行った評価スコアのばらつきを分析し、面接基準が統一されているかを可視化

これらのデータをもとに改善策を検討するときに重要なのは、ただ数字を並べるのではなく、「どの指標をどのように計算し、そこから何が読み取れるのか」を明確にすることです。そうすることで、採用メッセージや選考フローをより効果的に設計でき、課題の本質をつかむことが可能になります。ただし、数値データだけにこだわりすぎると候補者を見る目が偏り、多様性の確保がおろそかになるリスクもあります。人事コンサルタントの立場からは、データ分析と現場の人的視点をバランスよく融合させることを強調しています。

コンピテンシーモデルと選考プロセスの再構築

もう一つの重要な潮流は、「採用したい人物像の明確化」と「選考プロセスの最適化」です。企業が求める人材のコンピテンシー(成果に直結する行動特性、働く上での価値観など)を具体的に言語化し、それに基づく評価基準を設定することで、面接官ごとの判断基準がぶれにくくなります。これにより、短時間で効率的に候補者を評価できるようになり、採用のミスマッチを抑制する効果が期待できます。

選考フローにおいては、一次面接でヒューマンスキル、二次面接で専門スキル、最終面接でカルチャーフィットを見るといった形で各段階の役割を明確にすると効果的です。また、オンライン面接や録画面接ツールの活用により、候補者の負担を減らすと同時に企業の選考リソースを最適化することができます。これらの施策を組み合わせることで、スピード感ある採用を実現しながら、求める人材を確実に見極める仕組みが整います。

働き方の柔軟性とエンゲージメント向上

コロナ禍を経て、多くの企業がリモートワークやフレックスタイム、週休3日制など、新しい働き方の可能性を検討し始めました。これらの取り組みは「人材獲得の新潮流」においても大きな効果を生むと考えられます。若手やデジタル人材を中心に、仕事と生活のバランスに重きを置く人が増えているため、柔軟な働き方をアピールできるかどうかが応募動機に直結します。

また、社内のエンゲージメント向上は、優秀な人材の離職を防ぐだけでなく、企業口コミサイトなどを通じて外部に肯定的な情報が広がり、採用マーケットでの評価が高まるという好循環を生みます。人事コンサルタントとしては、評価制度や目標管理制度を再構築し、社員が自律的に成長できる環境を整備することを推奨しています。これが「従業員体験(EX)」の向上につながり、企業ブランド強化にも寄与します。

リファラル採用とコミュニティ形成

「リファラル採用」は、既存社員が友人・知人を紹介することによって候補者を集める手法で、アメリカでは主流化しています。紹介者が、企業文化や業務内容を熟知したうえで合いそうな人材を推薦するため、カルチャーフィットが高く早期離職が少ないメリットがあります。

さらに、採用とコミュニティ形成を掛け合わせる動きも注目されています。社内外の人材が参加できる勉強会やセミナー、SNSコミュニティを運営し、興味を持った人がそのまま採用候補になる仕組みを作るわけです。いわゆる「コミュニティリクルーティング」であり、長期的な観点で企業のファン層を育成する施策でもあります。

まとめ:変化に対応し、未来を創る

以上、「人材獲得の新潮流」を形作る要素として、採用ブランディングやインバウンドリクルーティング、データドリブンな採用手法、選考プロセスの最適化、柔軟な働き方への対応、D&Iの推進、コミュニティ形成など、多角的な取り組みを挙げました。これらはいずれも、従来の採用手法や人事慣行だけでは対応できない新しい課題に対して、有効な解決策を提供するものです。

人材獲得は単に「応募者数を増やす」ことではなく、「自社に合った人材と長期的に成長し合う関係を築く」ことにあります。そのためには、企業の経営層、人事部門、現場社員が一体となり、戦略的かつ継続的に施策を実行していく覚悟が求められるでしょう。私たちは人事コンサルティングを通じて、これらの新潮流を踏まえた採用戦略を策定・支援するとともに、導入後の効果測定や改善活動にも寄り添い、企業と人材がともに未来を創っていける土台づくりをサポートしていきたいと思います。