第13回:長時間労働を考える
多くの企業が長時間労働の改善に向けて、業務効率化や意識改革、新しいルールの設定など、様々な施策に取り組んでいます。しかし、その効果や持続性については課題も多く、どの程度の削減が可能なのか、削減した状態を維持できるのかといった疑問が残ります。
また、企業や社員の将来を見据えると、多様な人材活用やワークライフバランスの実現を可能にするタイムマネジメントが求められています。労働時間を適切に管理し、生産性を向上させるためには、長時間労働が発生している現場の現状理解と原因究明が不可欠です。そして、「長時間労働を削減するために業務や意識を改善する」という共通認識を持つことがスタートラインとなります。
さらに、2023年4月以降、中小企業においても月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が、現行の25%から50%に引き上げられました。これは、人手不足やコスト増に悩む中小企業にとって、長時間労働の削減が一層重要な課題となったことを意味します。
長時間労働のデメリットとその継続理由
(1) 長時間労働のデメリット
長時間労働には、多くのデメリットが存在します。これらは企業と社員個人の双方に影響を及ぼし、放置することで思わぬ大きな問題やリスクを抱えることになります。
社員にとってのデメリット
- 休息や睡眠時間の減少による身体的・精神的健康の低下
- プライベートな時間の減少によるQOL(生活の質)の低下
- 長時間の拘束や緊張状態の継続によるストレスの蓄積、メンタルヘルスへの悪影響
- 自己啓発や学習の時間が取れないことによる自己成長機会の喪失
- 家族や友人との関係性の希薄化、社会的孤立感の増加
会社にとってのデメリット
- 人件費や光熱費、保険料などのコスト増加
- 労働の量と質のアンバランス化による業務効率の低下、成長の停滞
- 変化への対応遅れによる市場競争力の低下
- 労働災害や健康被害のリスク増加による法的責任の発生
- 社員満足度の低下による離職率の上昇、人材流出
- 企業イメージの悪化による採用難、人材獲得競争での劣勢
このように、長時間労働のデメリットは個人の健康から企業の存続に至るまで、多岐にわたる影響を及ぼします。表面的な問題だけでなく、潜在的なリスクも大きいため、早急な対策が求められます。
(2) 長時間労働が継続する本当の理由
長時間労働のデメリットが明らかであるにもかかわらず、改善が進まない背景には、受動的な理由と能動的な理由が複雑に絡み合っています。
受動的な理由
主に企業側の問題であり、労使関係で企業側の力が強い場合や、会社主体の企業風土が根付いている場合に多く見られます。このような環境では、トラブルや健康被害が発生しても個人の問題として処理され、根本的な解決に至らないことが多いです。
【具体例】
- 業務量が過大で、人員不足にもかかわらず「こなして当たり前」という風潮がある
- 予期せぬ業務やトラブルが頻発し、計画通りに業務が進まない
- 高すぎる目標設定やノルマにより、時間内での成果達成が困難
- 業務のピーク時と労働時間制度が合致せず、調整が難しい
- 経営状況やコストの制約から増員できず、サービス残業が常態化
これらの問題を放置すると、社員の健康被害や生産性の低下など、企業にとって深刻な問題が発生します。現場の努力やスキルで一時的に乗り切っていても、限界があります。
能動的な理由
社員自身が長時間労働を肯定・容認しているケースです。残業代の増加や高い評価につながるなど、長時間労働にメリットを感じている場合や、仕事自体にやりがいを感じているため、長時間労働を厭わないことがあります。
【具体例】
- 社員が自らの裁量で残業時間を決められ、自由度が高い
- 残業代が全額支給され、賃金が増加するため、長時間労働を望む
- 仕事が楽しく、長時間労働がストレスにならない
- 業績好調で職場に活気があり、達成感を共有している
- 自発的な残業が多く、長時間労働が組織文化として定着している
しかし、デメリットが解消されているわけではなく、長期的には健康被害や生産性低下などのリスクが潜在しています。また、「長時間労働=貢献度が高い」という誤った認識が広がると、効率的な働き方が阻害されます。
最新の動向と長時間労働削減の重要性
(1) 法改正と社会的動向
2023年以降、日本政府は「働き方改革」の一環として、労働基準法の改正や労働時間規制の強化を進めています。具体的には、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得促進、健康確保措置の義務化などが挙げられます。また、テレワークやフレックスタイム制の導入が進み、多様な働き方が推奨されています。
さらに、新型コロナウイルスの影響でリモートワークが定着しつつあり、労働時間の管理や業務効率化に新たな課題が生じています。これらの動向を踏まえ、企業は長時間労働の削減に真剣に取り組む必要があります。
(2) 生産性向上と人的資本経営
近年、人的資本経営の重要性が増しています。社員一人ひとりの能力や健康を「資本」と捉え、長期的な企業価値の向上を目指す経営手法です。長時間労働の削減は、社員の健康維持やワークライフバランスの実現を通じて、生産性向上に直結します。
また、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた取り組みとしても、働き方改革は重要な位置づけにあります。企業の社会的責任(CSR)やESG投資の観点からも、労働環境の改善は不可欠です。
人事評価を活用した長時間労働削減の具体策
(1) 人事評価制度の見直し
人事評価を活用して長時間労働を削減するアプローチは、効果的で実践的です。具体的には、以下の施策が考えられます。
- 業績評価における労働時間の指標化:長時間労働の削減目標を数値化し、評価項目に組み込む。
- 行動評価での効率性・生産性の重視:業務効率や生産性向上に寄与する行動を高く評価する。
- チーム単位の評価導入:個人だけでなく、チーム全体での生産性や労働時間を評価対象とする。
- 残業削減に対するインセンティブ付与:労働時間の短縮に成功した社員やチームに対し、報酬や特典を与える。
(2) MVVの浸透とエンゲージメント向上
企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を社員に浸透させ、エンゲージメントを高めることで、生産性向上と長時間労働の削減につなげる方法も有効です。特にミレニアル世代やZ世代の社員は、企業の価値観や社会的意義に共感して働く傾向が強く、この点を重視した施策が効果を発揮します。
具体的には、以下の取り組みが考えられます。
- MVVを反映した人事評価制度の構築:社員の行動や成果が企業の目的にどの程度貢献しているかを評価する。
- 社内コミュニケーションの強化:定期的なミーティングやワークショップを通じて、企業のビジョンを共有する。
- 社員参加型の目標設定:社員自らが目標を設定し、主体的に業務に取り組む環境を整える。
- ウェルビーイングの推進:健康経営の一環として、社員の心身の健康をサポートする施策を実施する。
(3) デジタル技術の活用による業務効率化
最新のデジタル技術を活用することで、業務プロセスの効率化と労働時間の適正化を図ることができます。
- 業務管理ツールの導入:プロジェクト管理ツールやタスク管理アプリを活用し、業務の見える化と進捗管理を徹底する。
- RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用:定型業務を自動化し、作業時間を短縮する。
- テレワーク環境の整備:クラウドサービスやコミュニケーションツールを導入し、柔軟な働き方を推進する。
今後の展望
長時間労働の削減は、企業の持続的な成長と社員の幸福を両立させるために不可欠です。法規制の強化や社会的要請の高まりに対応し、企業は積極的に働き方改革を推進する必要があります。
人事評価制度の見直しやMVVの浸透、デジタル技術の活用など、多角的なアプローチで課題解決に取り組むことが重要です。社員一人ひとりが生き生きと働ける環境を整え、生産性と創造性を高めることで、企業全体の競争力を向上させることが可能です。
長時間労働の削減はゴールではなく、より良い働き方と企業文化を築くためのプロセスです。これからの時代に適した働き方を実践していきたいものです。